四十九日忌は、なぜ旅立ちなのですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。
本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。 なぜ、恩が大切なのか。 本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

四十九日忌は、なぜ旅立ちなのですか?

人が亡くなってから四十九日間を「迷いの期間」といわれます。

故人は、「あちらの世界に行こうか、この世でもう少し居ようか」と迷います。また、死後の6つの世界を入口だけチラチラと見て回ります。

そして、故人は四十九日忌をもって新しい世界へと一歩を踏み出すのです。

四十九日忌旅立ち

故人が新しい世界へと歩き始めるにあたり、薬師如来(やくしにょらい)のご利益(りやく)により、故人のあらゆる苦しみも無くしてくださるのです。薬師如来は病を癒(い)やすだけではないのです。

故人は四十九日忌で薬師如来に導かれ、迷いの期間である四(し)十九日間を終えて新しい旅に出るのです。このため、四十九日忌を“旅立ち”というのです。

薬師如来は、なぜ名前に薬の字が入るのか

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

薬師如来は、なぜ名前に薬の字が入るのか

仏さまはそれぞれにご利益(りやく)があります。薬師如来(やくしにょらい)は手に薬の壷である薬壷(やっこ)を持っています。

薬師如来

薬師如来が手に持っている壺(つぼ)のふたを開けると紫色の煙がふわふわと出ます。薬師如来が持つ薬壷から出る紫色の煙をかぶれば、どんな病気もたちどころに治るといわれています。

このため、病(やまい)が治りますようにと願(がん)をかけて薬師如来を御本尊とする寺院を参拝する(薬師霊場と言います)のです。

四国霊場札所八十八ヶ所のうち二十三ヶ寺のご本尊は薬師如来です。四国八十八ヶ所霊場を巡礼する参拝者は「病気が治りますように」と願い、薬師如来のご利益にあやかりたいと思う方もいるのです。

親孝行 したいときには 親はなく

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

親孝行 したいときには 親はなく

川柳(せんりゅう)でも詠(よ)まれる親孝行ですが、亡くなったからこそしてあげたい親孝行があるように私は感じています。ご遺族がなさっている親孝行という恩に対して、私は少しでも報いたいと思うのです。

親孝行

空海(くうかい)も「会い難く別れやすいのは、慈(いつく)しみ深い親の姿であり、去りやすく留まりがたいのは親のうるわしい心情である」と、言います。

明日が来ないと分かっているなら、後悔しないようにしたいものです。

六七日忌は、ねぎらいのとき

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

六七日忌はねぎらいのとき

翌週に四十九日忌(しじゅうくにちき)を控え、檀家さんにとって六七日忌(むなぬかき)で七日参りも最終回となります。

私は檀家さんに、
「よくお勤(つと)めされましたね」
とねぎらいの言葉をかけるようにしています。

二七日忌を迎えた檀家さん(ご遺族)は、お葬式の緊張も解けないままに当日を迎えます。初めて七日参りを経験する檀家さん(ご遺族)もおられるので、私はどのような流れで七日参りのお勤めをするのか説明するようにしています。

一週間がたつのは早いもので、檀家さんは追われるように次回の七日参りの準備をする必要があります。これを二七日忌から六七日忌まで毎週繰り返すのです。

場合によっては、ご遺族が親族に夕食などの食事の接待をすることもあるので、七日参りにおけるご遺族の負担は少なくありません。

それでもなおご遺族が私に七日参りを希望するのは、故人に対する想いがあるからに他なりません。

お仏壇

親孝行 したいときには 親はなく

川柳(せんりゅう)でも詠(よ)まれる親孝行ですが、亡くなったからこそしてあげたい親孝行があるように私は感じています。ご遺族がなさっている親孝行という恩に対して、私は少しでも報いたいと思うのです。

三十五日忌は遺族の応援が必要

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

三十五日忌は応援が必要

人が亡くなった後、旅を続けていくと言われています。どのような旅を続けていくのかを表した十三仏のストーリーを紹介しています。

法事のときに十三仏の掛け軸を準備することがあります。実は13人の仏さまを描く十三仏信仰は日本独特なのです。

十三仏の掛け軸

日本のお隣、中国では導いてくださる仏さまは10人しかいません。
その理由は、故人は毎週のように10人の魔王の前に引き出され裁判を受けると考えられているからです。

しかし、故人が裁判で不利にならないよう弁護士も就いてくださいます。弁護士が仏さまなのです。

五週目の三十五日忌では、10人の魔王の中で最も恐ろしい閻魔大王(閻魔大王)の前に引き出され裁判を受けます。

そして、生前のすべての行いを映し出す鏡の前に立たされるのです。

閻魔大王

故人が秘密にしておきたかったことも、すべて閻魔大王にはお見通しなのです。恐ろしいですね。

さて、閻魔大王に対する弁護士は地蔵菩薩です。地蔵菩薩は優しそうなお坊さんの姿として描かれますが、丁々発止の裁判で弁護士を務める強者なのです。

故人は地蔵菩薩の弁護を受けていても心細いものです。そこで、遺族は供養をすることで故人に良い行いをさらに追加し、応援することができます。

このため、三十五日忌にはまごころから手を合わせ供養するのです。

新刊ちょい読み なぜ地蔵菩薩は錫杖を持つのですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

地蔵菩薩は、なぜ錫杖を持っているのですか?

地蔵菩薩は手に錫杖を持っています。六つの輪がついてシャンシャンと音を鳴らします。

錫杖

なぜ、地蔵菩薩は手に錫杖を持っているのでしょうか。

 

お坊さんが手に錫杖を持ち、シャンシャンと鳴らしながら唱える九條錫杖経(くじょうしゃくじょうきょう)というお経を見てみると、興味深いことが書かれていました。

「ひとたび錫杖の音を聞けば、怠け者は精進(しょうじん)し、戒律(かいりつ)を破るものは守るようになり、ケチな者は施(ほどこ)しをするようになり、怒(いか)れる者は慈悲(じひ)の心を持つようになり、愚痴(ぐち)を言う者は知恵を授かり、あっという間に菩提(ぼだい)の心(仏の心)を起こすようになる」
とあります。

 つまり、故人は五回目の七日忌である三十五日忌に、地蔵菩薩の錫杖の音で正しい道を知り、迷わず歩くことができるのです。

子どもを守る仏さま

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

子どもを守る仏さま

地蔵菩薩(じぞうぼさつ)は通学路の曲がり角(かど)や道の辻(つじ)におまつりされます。

なぜ、地蔵菩薩は子どもが通る道筋におまつりされるのでしょうか。

 

子どもが幼いときに亡くなると、体が小さいので広い三途(さんず)の川を渡ることができません。
子どもたちは天に届くまで石を積み上げるとお父さんやお母さんに再び会えると聞かされているので、河原のあちらこちらで石を積んでいます。
亡くなった子どもたちは、「一つ積んでは父恋し、二つ積んでは母恋し」と言いながら石を上へ上へと積んでいきます。

賽の河原

そこへ鬼がやってきて、「石を積んでも親には会えぬぞ」と、子どもが一生懸命に積んだ石を崩してしまいます。
子どもたちは父母に会いたい一心で積んだ石を鬼に崩され、再び父母に会えない悲しさでしくしくと泣いています。
これが、子どもたちの悲しい声が響く賽(さい)の河原(かわら)なのです。

 

賽の河原にふらりとやってくるのが地蔵菩薩です。

地蔵菩薩は子どもたちに一人一人優しく声をかけます。
「どうしたんだね」と地蔵菩薩に声をかけてもらった子どもたちは、
「石を天まで積んだらお父さんやお母さんに会えると聞いたから、石を積んでいたの。でもね、鬼が来て私が積んだ石を崩してしまったの。お父さんやお母さんに会えなくなってしまったのが、悲しくてつらくて泣いているの」
と涙ながらに地蔵菩薩に訴えるのです。

 

地蔵菩薩は、「そうか、そうか。それはつらかったね。さあ、私の袖(そで)の中にお入り」と言って、地蔵菩薩は子どもたちを袖の中へ優しく包み込んでくれるのです。そうすると、子どもたちは地蔵菩薩の力によって成仏(じょうぶつ)していくのです。

 

つまり、地蔵菩薩は子どもを守り、願いを叶えてくれる仏さまなのです。
それ故(ゆえ)に、子どもが通る道に地蔵菩薩がまつられ、子どもたちに危険がないよう見守っているのです。

 

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 五七日の御本尊 地蔵菩薩

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

五七日の御本尊 ~地蔵菩薩(じぞうぼさつ)~

故人は五回目の七日(三十五日忌(さんじゅうごにちき))に地蔵菩薩(じぞうぼさつ)と出会います。

地蔵菩薩

地蔵菩薩は「お地蔵さん」として親しまれ、あなたにとっても身近な仏さまでしょう。

 地蔵菩薩は、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうしゅ)を持っています。錫杖は苦しむ私たちのもとへ足を運んでくださることを示し、左手の宝珠はあなたの願いをかなえることを表しています。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 分かっちゃいるけど、できないこと

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

分かっちゃいるけど、できないこと

故人は三七日忌(みなぬかき)で仏教の教えを凝縮した経典(きょうてん)を学んだ故人は、四七日忌(よなぬかき)で普賢菩薩(ふげんぼさつ)に導かれ、教えを実践することの意義を教わります。

 

故人に限らず、私たちも「分かっちゃいるけど、できないこと」があります。

例えば、交通ルールはどうでしょうか。
赤信号は止まれ、青信号は進めです。では黄色信号になったとき、どうしますか?

徳島県は交通マナーが悪いことで全国的にも有名です。残念なことですが。
徳島県では、交通ルールに「阿波ルール」があります。これが交通マナーが悪いと言われる諸悪の根源です。

信号機

阿波ルールでは、黄色信号になれば、どうするでしょうか。
正解は「赤信号にならないうちに早く行け!」です。危なっかしいこと限りなしですね。

道路交通法では、「黄色信号になれば気をつけて止まれ」です。
黄色信号では止まらなくてはいけないのです。間違ってもアクセルを踏んではいけないのです。

徳島県の人は、「黄色信号で止まるのは、分かっちゃいるけど止まれない」のです。

 

四七日の御本尊である普賢菩薩は、「分かっちゃいるけど、できない」ことを戒めておられます。
知識を持っているだけでは宝の持ち腐れです。実践して初めて身につくのです。

普賢菩薩にあやかって、何事も実践してみたいものです。

 

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 成仏できますよ

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

成仏できますよ

佐藤さんの質問に私が回答しました。

私は言葉を選びながら答えました。
「この世で生きている時は、肉体があります。それ故に、足が痛い、腰が痛い、内臓の病気だ、と気が休まりません。

しかし、亡くなったら肉体はこの世に置いていきます。肉体を離れて『たましい』だけとなって旅立っていきます。たましいには肉体がありません。

生前に故人の足が痛くても、腰が痛くても、内臓の病気があっても、関係ありません。故人はこの世で培った『想い』だけを持って旅立っていきます。ですから、お父さまが生前に足が悪かったとしても大丈夫ですよ。成仏(じょうぶつ)なさっているはずです」

質問した佐藤さんは、ほっと頬が緩んで、安心した顔をされました。佐藤さんは、ずっと気がかりで歩くことができないお父さまのことを心配しておられたようです。

佐藤さんは、お父さんが歩くことができずに成仏できないのなら、自分がお父さまを助けに行かなくてはいけないのではないかと思うこともあったようです。

介護が血のつながった親に対して孝行できる最後のチャンスであると知っていても、実践することは難しいものです。佐藤さんは介護という仏さまの仕事、菩薩行(ぼさつぎょう)をされたのです。

普賢菩薩

故人は、普賢菩薩(ふげんぼさつ)に導かれ、佐藤さんの菩薩行にもう一度感謝して手を合わせておられることでしょう。