ほんと、きれいだね

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

ほんと、きれいだね

 

あるデパートの売り場でのことです。小学生の女の子とお母さんがデパートに来ていました。

お母さんは白い杖を持っています。おそらく目が不自由なのでしょう。目の不自由なお母さんを女の子が連れて行ったのは、ひな人形の売り場でした。ちょうどひな人形がほしい年頃なのでしょう。女の子は、目の不自由なお母さんにひな人形を「見て」欲しいのです。ひな人形の売り場の前までお母さんを連れてきて、女の子はお母さんの手を取り、そっと人形に触れさせました。お母さんはひな人形を愛おしそうにそっと触りました。しばらくひな人形を触っていたお母さんは、「ほんと、きれいだね」と言いました。

ひな人形お母さんは目が不自由でも、心の目はしっかりと見えているのです。心の目を持って人形を見てみると、一体の人形にたくさんのエピソードが詰め込まれていることが分かります。

相手を想像する

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


相手を想像する

目が不自由な人は、どうやって周りの状況を知るのでしょうか。

 

私がある小学校でPTA講演会の講師をさせてもらったときの出来事です。講演の開始時間には少し早かったので、私は校長室で校長先生と談笑していました。すると廊下から別の先生の声がします。どうやら誰かを案内しているようです。しかし、案内している話の内容が「こちらへどうぞ」ではありませんでした。

 

「あと5メートルぐらい真っ直ぐです」「左側にドアがあります」「ここが入口です」「段差がありますよ」という具合です。誰かを言葉で誘導しているようでした。

 

私の居る校長室に入って来たのは上品そうな女性でした。シックな洋服に身を包んでいます。しかし、私と目線が合いません。わたしは、あれ?と思いました。校長室に入ってきた女性は、ゆっくりとソファの位置を確認しながら腰を下ろしました。校長先生が「講演、お世話になりました」と女性に声をかけています。私は黙っていましたが、女性は「あれ?もう一人誰かいる」という顔をしました。

 

私は「ああ、もう一人誰か居ることが分かるんだ」と思いました。私が身にまとっている衣に染み込んだ線香の匂いを感じ取ったのでしょう。女性が校長室を出たときにはなかった匂いです。私は、校長先生に促されて、女性にあいさつをしました。女性はびっくりした様子でしたが、同時に納得したようです。校長室には確かに誰かもう一人居るはずなのに、相手が声を出さなければ女性には相手の存在を確認できなかったのです。

 

普通に考えれば、気味の悪いことですね。私は、女性と入れ替わりに会場へ移動するため、校長室を後にしました。

 

目の不自由な人は、視覚以外の感覚が鋭いものです。匂い・音・触った感じが敏感になるようです。目の不自由な人は、物の形や人の顔を手で触って頭の中で形を思い浮かべるのです。

 

 

恩送り

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

恩は返さずに恩は送るものだと知っていますか。

恩返しという言葉はよく聞きますが、「恩送り」はあまり聞かない言葉です。

仏教では、あなたが行った善い行いは、巡りめぐってあなたに返ってくると説きます。このため、読経の最後には、「できることならすべての人々に功徳が巡っていきますように」と祈願するのです。

合掌

もし、仏教を知っていたならこんなことにならなかったのに

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

もし、仏教を知っていたならこんなことにならなかったのに

仏教は難しいものだと思っていませんか?

お坊さんの読経(どきょう)を聞いても意味が分からないし、興味もない。仏教を知らなくても生きていけるから、あなたは仏教なんてどうでもいいと思っているかもしれません。

しかし、私は「もし仏教を知っていたら、こんな事にならなかったのに」と思うことがあります。

例えば、ちょっとした失言で地位を失ってしまう人がいます。ことわざに「口は災いのもと」と言いますが、仏教では二千年も前から言葉に気をつけなさいと説きます。

ウソや悪口、お世辞は慎みなさいと説いています。時代が進んで、どんなに生活が便利になり、科学技術が発達したとしても変わらないものがあるのです。

仏教を知らなくても私たちは生きていくことができますが、仏教を知っていたならより良く生きていくことができるのです。

仏教が目指す悟りの世界、つまり、互いに認め合い、慈しみあうことができる世界へたどり着くために、仏教の恩を感じて生きることが必要なのです。