10年ぶりの再会

滅多とないチャンスがあり、奈良県の山添村にある不動院へお参りさせてもらいました。

住職の前川さんは、高野山で開催された布教講習会でお世話になった方です。
その当時、前川さんは高野山の職員をしておられました。私は、ただの布教講習生でした。

おかげさまで、私は布教講習会を終えて合格通知をもらうことができ、高野山本山布教師心得として活動することができています。

それから10年以上の歳月が過ぎましたが、Facebookで不動院をお参りしたいという連絡をしたところ、快く受け入れてくださいました。
普通であれば、あなた誰?何をするために来るの?という反応が返ってきてもおかしくないものです。ところが、田舎の末寺で、高野山に何の面識もない私のような者を受け入れてくださることは、ありがたいです。

前川さんは「とりとめのない話」と言っておられましたが、私にとっては有意義な時間でした。互いの近況報告をするだけでも楽しいものです。9月に私の寺でワークショップイベントを開催できるよう計画中です。そのときには、前川さんにもお越しいただけるよう手配したいものです。

さて、消滅寺院が話題に上っています。
私の寺も、前川さんの寺も緩やかな限界集落にあります。真言宗の寺院は限界集落にたくさんあり、50年後には46%の寺が消滅してしまう危機に瀕しているという統計データがあります。
しかし、限界集落に寺があるから存続が危ぶまれるというのは早計であると私は考えます。今までは檀家制度として寺に檀家がついていました。今後は、寺の住職に檀家がつく時代が来ているように思います。つまり、人に檀家がつく時代です。「この住職に葬式をしてほしい」「この寺で法事を執り行いたい」という檀家の声が大きくなっているように思います。

私は、檀家さんに「あなたに葬式をしてほしい」と思ってもらえるような僧侶なのかを自問自答しています。そして、檀家さんに慕われるように存在になりたいと思っています。
空海は1200年以上も人々に慕われ続けています。空海の末弟である私も、同じように人々に慕われる存在になりたいものです。