南無大師遍照金剛は人の名前だった!

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

 

南無大師遍照金剛は人の名前だった

 

真言宗では「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」という御宝号(ごほうごう)を唱えます。

あなたは、御宝号は人の名前であるということを知っていましたか。

ここで、質問です。空海と弘法大師は同一人物でしょうか。それとも別人でしょうか。

実は、呼び名が違っても空海と弘法大師は同一人物です。
空海は、自ら僧侶として名乗っていた名前です。弘法大師は、空海が高野山奥之院で入定した後、約八十年後に醍醐天皇の夢枕に空海が現れたことから弘法大師の諡号(しごう:亡くなった後に朝廷から授かる名前)を賜(たまわ)りました。

このため、空海と弘法大師は同一人物です。

遍照金剛は、空海が中国に留学したときに中国の師匠である恵果和尚から授かった名前です。

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悟りに至る修行とは?

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なぜ、恩が大切なのか。
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悟りに至る修行とは?

 

仏教では悟りに至る修行は6つあるといわれています。六波羅蜜(ろくはらみつ)といいます。

経典には、「六波羅蜜(ろくはらみつ)を実践する者は、なまけ者は精進(しょうじん)するようになり、自分の物を出し惜しみするような者は布施(ふせ)をするようになり、怒れる者は優しくなるものだ」とあります。

※九條錫杖経(くじょうしゃくじょうきょう)より

精進はお線香に例えられます。お線香は、一度火をつけるとずっと最後まで燃え続けます。突然に反対側から燃え始めることはありませんし、途中から燃えることもありません。

お線香のように一度決めたことは少しずつでもやり続けることで、とても手の届きそうにない目標を達成することができるのです。

例えば、私は十年間法話を続けてきたので本を出版することができました。法話を続けることで講演依頼が来るようになりました。法事の席で五分間の法話をすることで、檀家さんから信頼を頂戴することができました。

毎日、誰かに「ありがとう」と言ってみるだけでも、あなたの信頼度が向上します。小さなことでも精進することが目的達成の近道なのです。

ありがとう

精進という言葉を知っていますか?

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なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

 

精進(しょうじん)という言葉を知っていますか。

 

何事にも飽きっぽい私に対して、亡くなった祖母は「精出(せいだ)してやりなさいよ」とよく言っていました。

私は、年寄りの戯言(ざれごと)と思って気に掛けていませんでした。しかし、精進することで遠すぎて諦めていたような目標にも到達することができることに気がつきました。

精進

 

私の法話をまとめて本として出版することも、遠い夢のように思っていましたが、電子書籍を含め4冊も出版することができました。

一歩は小さくてもコツコツと精進することで遠くの目標にも手が届くことを知りました。

仏教において精進することは大切であると説きます。特に私が精進の大切さについて考えるようになったのは、仏教の教えにある六波羅蜜(ろくはらみつ)を知ってからです。

色即是空 その6(最終回)

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
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仏教は色即是空であるという質問に、私が答えました。

 

色即是空(しきそくぜくう)の「色(しき)」というのは、「目に見えるもの、そこにあるもの」という意味です。

あなたは、目に見えるものに煩(わずら)わされています。
「ブランドのハンドバッグが欲しい」「車が欲しい」「アクセサリーがほしい」「かわいい洋服がほしい」など。
あなたに見えているものは、そこにあるだけです。あなたが自分のものにしようとするから欲が生まれて煩(わずら)わしいのです。

もし、全部「そこにあるだけだ」と思うことができたなら、自分から「手放す」ことができます。すると、自分の中がカラッポになり、何の煩(わずら)いもなくなるのです。これを空(くう)といいます。

般若心経

空(くう)とは空(から)っぽの容器のようなものです。何も入っていないので、生まれることもない、無くなることもない、垢(あか)がつくこともない、きれいになることもない、増えることもない、減ることもない、知覚することもない、怖がることもない、煩(わずら)いのない状態のことです。ですから、煩(わずら)いのない状態を「空(くう)」と言うのです。「色(しき)」も「そこにあるだけ」なら自分の中はカラッポとなるので、「空(くう)」ですよね。だから、「色(しき)は即(すなわ)ち是(こ)れ空(くう)なり 空は即ち是れ色なり」となるのです」

全部、そこにあるだけだと思うことができたなら、自分から手放すこともできます。すると、何の煩(わずら)いもないのです。

 

 

 

色即是空 その5

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、恩が大切なのか。
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色即是空 その5

 

前述の女性から、もう一つ質問を頂戴しました。

「仏教は色即是空(しきそくぜくう)ですという人がいましたが、どういう意味ですか」

色即是空とは般若心経(はんにゃしんぎょう)の一節です。
般若心経を暗記して唱えることはできても、意味を捉えることは難しいものです。

なぜなら、般若心経は大般若経(だいはんにゃきょう)という六百巻にもわたる膨大(ぼうだい)な経典(きょうてん)のエッセンスだけを要約したものです。

大般若経は唱えるだけで一週間以上かかるお経です。それを、わずか二百七十六文字に短くまとめなおしたものが般若心経で、唱えやすいという点で非常に画期的なお経です。

経典

しかし、要約しているので意味が取りづらいのが難点です。般若心経を誰が書いたかはっきりしませんが、インドでできたものだと言われています。それを中国人の般若三蔵(はんにゃさんぞう)らが漢文に翻訳し、日本人が漢文で読んでいるのです。

漢文に馴染(なじ)みのないあなたが読んでも意味が分からないのは当然なのです。

注釈:三蔵とは経典を翻訳した翻訳者の敬称

色即是空 その4

色即是空 その4

私は質問者の彼女に答えました。

色即是空(しきそくぜくう)の「色(しき)」というのは、「目に見えるもの、そこにあるもの」という意味です。

あなたは、目に見えるものに煩(わずら)わされています。「ブランドのハンドバッグが欲しい」「車が欲しい」「アクセサリーがほしい」「かわいい洋服がほしい」など。

あなたに見えているものは、そこにあるだけです。
あなたが自分のものにしようとするから欲が生まれて煩(わずら)わしいのです。

全部「そこにあるだけだ」と思うことができたなら、自分から「手放す」ことができます。すると、自分の中がカラッポになり、何の煩(わずら)いもなくなるのです。これを空(くう)といいます。

色即是空 その3

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色即是空 その3

 

お釈迦(しゃか)さまが西の門を出たところに、葬式の列を見ました。

お釈迦さまは「あれは何をしているのだ」と、家来に聞きました。
家来は「身内の者が死んで、葬式をしているのです。人は誰でも死んでいくのです」と答えました。

 

お釈迦さまが北の門を出たところに、修行僧がいました。
お釈迦さまは修行僧に自ら声をかけました。「あなたは何をしているのですか?」
修行僧は「苦しみから逃れようと修行しているのです。年老いていくことも、病を患うことも、死んでいくことも、苦しみです。どうしたら苦しみから逃れることができるのか、道を探しております」

この時、お釈迦さまは出家(しゅっけ)し修行僧になることを決めたのです。

老いの苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみ。この3つの苦しみから、お釈迦さまは逃れようとして修行僧になったのです。

あなたも苦しみを抱えています。苦しみとは、息苦しいことではありません。「思い通りにならないこと」です。つまり、煩(わずら)わしいことです。例えば、約束の時間に間に合わない、自分の思ったように仕事ができない、自分の持っているお金が足りない、などたくさんあります。もし、あなたがすべて煩(わずら)わしいことを捨ててしまえば、苦しみから逃れることができそうです。

色即是空 その2

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色即是空 空即是色 その2

 

お釈迦(しゃか)さまはインド南部(今のネパールのあたり)の王子様に生まれ、何も不自由することのない生活をしていました。

ある時、彼は家来が止めるのも聞かずに、生まれて初めて城の東西南北にあった城門の外へ出てみました。

四門出遊

東の門を出たところに、老人がいました。
「あれは、誰だ」とお釈迦さまは家来に聞きました。
家来は「老人でございます、王子様。人はみな年老いていくのです」と答えました。

お釈迦さまは、
「私もあのような姿になるのか」とたずねました。
家来は「さようにございます。王子様も、私も、誰でも年老いていくのです」

 

次に、お釈迦(しゃか)さまは南の門を出てみました。
門を出たところに、病人がいました。

お釈迦さまは家来に
「あの者は何をしているのだ」
と聞きました。
「病(やまい)に伏せっているのでございます、王子様」と答えました。

お釈(しゃ)迦(か)さまは、
「誰でも病になるのか」と聞きました。
家来は、「さようにございます。いつ何(なん)時(どき)病にかかるのか、分かりません。老若男女を問わず病になります」と答えました。

続く

色即是空 その1

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色即是空 空即是色 その1

 

私がお坊さんとして人の前に立つ時、仏教に関心のある若い方から質問を受けることがあります。あるとき私は三十代ぐらいの女性に質問を頂戴しました。

「あの~、聞いてもいいですか。仏教って、何でしょうか」

 

簡単そうで、お坊さんには答えにくい質問です。あなたが、「日本って、どんな国ですか?」と、外国人に聞かれても質問が漠(ばく)然(ぜん)としすぎていて返答に困ってしまうのと同じです。

 

あなたがよく知っているはずのことでも、漠(ばく)然(ぜん)としている質問には答えにくいものです。仏教とは何か、という質問に対して、仏教のことに詳しいはずの私も、一瞬、戸惑ってしまいました。

しかし、私はお坊さんです。仏教の教えをわかりやすく伝えるのが仕事です。

お坊さん

私は「煩(わずら)わしいことを無くすことですよ」と答えました。

思いがけない答えだったからか、彼女は目を丸くして驚いていました。

そんな彼女に対し、私はお釈(しゃ)迦(か)さまの若いころの話を伝えました。興味を持った彼女は、らんらんと目を輝かせています。

続く

おかげさま

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

おかげさま

あなたが、「お元気ですか」と聞かれたとき、「おかげさまで」と答えることがあると思います。おかげさまも仏教由来の言葉です。

おかげさまの「かげ」は、あなたの目に見えないもの、つまり神仏やご先祖さまを指しています。さらには、自分では気が付いていないけれども、恩を受けていることに対する感謝の言葉です。

合掌

 お寺では位牌(いはい)には、戒名(かいみょう)に続いて「霊位(れいい)」と書き先祖供養をします。

仏教では、私たち人間をはじめ生きとし生けるもの(例えば山や川、草や木に至るまで)すべてに仏の心を持つと説きます。

故人は、生前の善い行いにより仏の心がさらに輝きを増しています。故人が放つ仏の光は、あなたが迷い込む心の暗闇に明るい光を差し込んでくれます。暗闇にひとすじの光が頼りになるように、仏の光りによってあなたの迷いの心もすっきりと晴れていくのです。

あなたのお祖父ちゃんやお祖母ちゃんまでは、生前の顔を知っているかもしれませんが、それ以前に亡くなったご先祖さまは顔も知らないことでしょう。あなたはご先祖さまの顔を知らなくても、ご先祖さまはあなたのために仏の光で照らしてくださるのです。

つまり、あなたの知らないところで感じる恩に対して「おかげさま」なのです。