一杯のチャンポン その1

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

一杯のチャンポン その1

 

「一杯のちゃんぽん」という話を紹介いたします。どんな小さなことでも「人を幸せにできる」という内容です。

親子で切り盛りしている食堂がありました。観光地が近いため、昼時はとても忙しくなります。時に応じて出前もしています。

ある日、昼時の繁盛期に一本の電話がありました。

「すまんけんど、チャンポンを一杯だけの配達はしてもらえんのやろか」

ちゃんぽん

普段から一杯だけの配達は断るようにしています。「すみません、一杯だけの配達は……」と言いかけたとき、電話のお客さんは「実は風邪引いてしまってね。動けんのよね」と申し訳なさそうに言いました。電話を受けた息子は、電話のお客さんを気の毒に思い、店主の父と相談しました。店主の父は少し考えて「ええよ」と返事をし、チャンポン一杯だけの配達を引き受けました。その後、電話のお客さんから時々注文をもらうようになりました。配達のついでに電話のお客さんに話を聞けば、2、3年前にご主人を亡くして一人暮らしをしている七十代後半の女性です。店主である父が配達すると電話注文をした女性は、とても喜んでいました。「よかったな」と店を切り盛りしている親子で温かい気持ちになりました。「高齢の女性が一人暮らしで、病気したときは大変だろうな」と頭の片隅で思いを巡らせました。

ほんと、きれいだね

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、恩が大切なのか。
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ほんと、きれいだね

 

あるデパートの売り場でのことです。小学生の女の子とお母さんがデパートに来ていました。

お母さんは白い杖を持っています。おそらく目が不自由なのでしょう。目の不自由なお母さんを女の子が連れて行ったのは、ひな人形の売り場でした。ちょうどひな人形がほしい年頃なのでしょう。女の子は、目の不自由なお母さんにひな人形を「見て」欲しいのです。ひな人形の売り場の前までお母さんを連れてきて、女の子はお母さんの手を取り、そっと人形に触れさせました。お母さんはひな人形を愛おしそうにそっと触りました。しばらくひな人形を触っていたお母さんは、「ほんと、きれいだね」と言いました。

ひな人形お母さんは目が不自由でも、心の目はしっかりと見えているのです。心の目を持って人形を見てみると、一体の人形にたくさんのエピソードが詰め込まれていることが分かります。

相手を想像する

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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相手を想像する

目が不自由な人は、どうやって周りの状況を知るのでしょうか。

 

私がある小学校でPTA講演会の講師をさせてもらったときの出来事です。講演の開始時間には少し早かったので、私は校長室で校長先生と談笑していました。すると廊下から別の先生の声がします。どうやら誰かを案内しているようです。しかし、案内している話の内容が「こちらへどうぞ」ではありませんでした。

 

「あと5メートルぐらい真っ直ぐです」「左側にドアがあります」「ここが入口です」「段差がありますよ」という具合です。誰かを言葉で誘導しているようでした。

 

私の居る校長室に入って来たのは上品そうな女性でした。シックな洋服に身を包んでいます。しかし、私と目線が合いません。わたしは、あれ?と思いました。校長室に入ってきた女性は、ゆっくりとソファの位置を確認しながら腰を下ろしました。校長先生が「講演、お世話になりました」と女性に声をかけています。私は黙っていましたが、女性は「あれ?もう一人誰かいる」という顔をしました。

 

私は「ああ、もう一人誰か居ることが分かるんだ」と思いました。私が身にまとっている衣に染み込んだ線香の匂いを感じ取ったのでしょう。女性が校長室を出たときにはなかった匂いです。私は、校長先生に促されて、女性にあいさつをしました。女性はびっくりした様子でしたが、同時に納得したようです。校長室には確かに誰かもう一人居るはずなのに、相手が声を出さなければ女性には相手の存在を確認できなかったのです。

 

普通に考えれば、気味の悪いことですね。私は、女性と入れ替わりに会場へ移動するため、校長室を後にしました。

 

目の不自由な人は、視覚以外の感覚が鋭いものです。匂い・音・触った感じが敏感になるようです。目の不自由な人は、物の形や人の顔を手で触って頭の中で形を思い浮かべるのです。

 

 

恩送り

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
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恩は返さずに恩は送るものだと知っていますか。

恩返しという言葉はよく聞きますが、「恩送り」はあまり聞かない言葉です。

仏教では、あなたが行った善い行いは、巡りめぐってあなたに返ってくると説きます。このため、読経の最後には、「できることならすべての人々に功徳が巡っていきますように」と祈願するのです。

合掌

もし、仏教を知っていたならこんなことにならなかったのに

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なぜ、恩が大切なのか。
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もし、仏教を知っていたならこんなことにならなかったのに

仏教は難しいものだと思っていませんか?

お坊さんの読経(どきょう)を聞いても意味が分からないし、興味もない。仏教を知らなくても生きていけるから、あなたは仏教なんてどうでもいいと思っているかもしれません。

しかし、私は「もし仏教を知っていたら、こんな事にならなかったのに」と思うことがあります。

例えば、ちょっとした失言で地位を失ってしまう人がいます。ことわざに「口は災いのもと」と言いますが、仏教では二千年も前から言葉に気をつけなさいと説きます。

ウソや悪口、お世辞は慎みなさいと説いています。時代が進んで、どんなに生活が便利になり、科学技術が発達したとしても変わらないものがあるのです。

仏教を知らなくても私たちは生きていくことができますが、仏教を知っていたならより良く生きていくことができるのです。

仏教が目指す悟りの世界、つまり、互いに認め合い、慈しみあうことができる世界へたどり着くために、仏教の恩を感じて生きることが必要なのです。

空海と縁の深い虚空蔵菩薩

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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空海と縁の深い虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)

空海(くうかい)は虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)と深い縁があります。

空海が大学を突然に中退し、山岳で修行したときに行っていた修行が虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじのほう)です。

虚空蔵求聞持法は、作法に従い虚空蔵菩薩の真言(ノウボウ アキャシャキャラバヤ オン アリキャマリボリソワカ)を一日に一万回、百日間で百万回唱え続けることにより、見たものすべてを暗記し理解することができるという秘法(ひほう)です。

空海は、大自然に身を置き、阿波国の太龍獄(たいりゅうがたけ)(現在の徳島県阿南市にある四国八十八ヶ所霊場二十一番札所 太龍寺(たいりゅうじ)のある山)や土佐国の室戸岬(むろとみさき)、伊予国の石鎚山(いしづちさん)で修行しました。

空海が室戸岬の洞窟で虚空蔵求聞持法の修行していたとき、虚空蔵菩薩の化身とされる明星(みょうじょう:金星のこと)が空海の口の中に飛び込んできたという伝説があります。

空海 室戸岬の奇瑞空海 明星が口に入る

空海は、この強烈な宗教体験から、唐(とう)の国(現在の中国)へ渡り密教(みっきょう)という教えを授かるきっかけとなります。

空海が、口の中に明星が飛び込むという虚空蔵菩薩にまつわる強烈な宗教体験をしたことにより、空海は後に真言宗の宗祖となる道を歩み始めるのです。

虚空蔵菩薩は、何もないところから知恵と宝を生み出す仏さま

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ) ~何も無いところから知恵と宝を生み出す仏さま~

虚空(こくう)とは、何もない空間を指します。

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)とは、経典によれば何もない空間から華(はな)や香(こう)、宝石などを出現させて人々の上に降らせる仏さまであると書かれています。

また、仏さまの知恵を望む者には、何もない空間から虚空蔵菩薩が説法(せっぽう)をします。

虚空蔵菩薩は、広大無辺(こうだいむへん)な宇宙の宝庫に無限の知恵と功徳(くどく)を持っている仏さまです。

虚空蔵菩薩

なぜ大日如来は忍者の印を組んでいるの?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ大日如来は忍者の印を結んでいるの?

大日如来の手元をよく見ると忍者のように両手を握り右手で左手の人差指の先を握り込む智拳印(ちけんいん)を結んでいます。この印は何を表しているのでしょうか。

大日如来 金剛界の印

智拳印の右手の指先は仏さま、左手の指先は私たち衆生(しゅじょう)を示しています。智拳印は仏さまとあなたは一体となれることをあらわしているのです。

私たちは、大日如来と膨大な御縁を結びながらこの世に生まれました。御縁をさかのぼっていくと大日如来に行き着きます。つまり、大日如来と私たちは一体なのです。

大日(だいにち)とは、どのような意味ですか?

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大日(だいにち)とはどのような意味ですか?

真言宗では大日如来を総本尊とします。曼荼羅(まんだら)の中心に描かれる仏さまです。

大日如来 金剛界

なぜ、大日如来は真言宗の総本尊なのでしょうか。

大日(だいにち)とは「非常に輝くもの」という意味があり、仏さまの知恵を象徴しています。このため、常に輝く太陽は大日如来(だいにちにょらい)にたとえられます。

太陽の光は闇(やみ)を除き、あらゆるものを分け隔てなく照らし、食物や動物の命を育みます。

曼荼羅の中心に大日如来を描くのは、すべての根源が大日如来であると考えるからです。すべては大日如来から御縁が連なって生み出されていると考えます。

御縁が限りなく連なった結果、生まれたきたのが私たちです。大日如来は生きとし生けるものの母のような存在なのです。

つまり、私たちは大日如来から御縁をもらってこの世に生まれてきたのです。

このため、太陽は生きとし生けるものの母のような存在であるため、生きとし生けるものの母である大日如来と例えられるのです。

阿閦如来(あしゅくにょらい)の印をこっそり教えます

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なぜ、恩が大切なのか。
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阿閦如来(あしゅくにょらい)の印をこっそり教えます

阿閦如来は金色(こんじき)に光り蓮花(れんげ)の上に座っているように描きます。

阿閦如来の印(いん)は、左手はこぶしを握って臍(へそ)の前に置き、右手はひざから下に垂らし、その指先で大地を指しています。

阿閦如来の印

この印は「不動降魔印(ふどうごうまいん)」で、悪魔を退散させるといわれています。つまり、心の中にある悪魔である怒りを退散させるという意味です。

亡くなられたご先祖さまは阿閦如来によって堅固(けんご)な菩提心(ぼだいしん)(仏の心)を持ち、怒りの心を離れて悟(さと)りが開けるようになるのです。