今日は写経会でした

今日は写経会でした。
 
Facebookで「南無大師遍照金剛の写経をしませんか?」と呼びかけたところ、急なお誘いにもかかわらず2名の方が来てくださいました。
写経に来てくださるメンバー同士で仲が良く、「しばらく見なかったけど元気にしてたの?」と自然に会話が弾んでいました。亡き夫のために写経を続ける人、先祖供養のために写経を続ける人、非日常をお寺の本堂で味わうために写経を続ける人、目的は様々ですが「写経を続ける」という共通の目的で集まってくださいます。
 
私も写経の時間を確保して観音経を写経しました。文字数が多く初心者向けではありませんが、御本尊の十一面観世音菩薩の御利益を感覚として身につけたいために写経しています。
 
観音経を写経することで1ミリでも御本尊に近づけたような気がしています。
 
次回は3月22日(月) 午前10時~を予定しています。

高野山に伝わる不動明王の話

高野山にはいくつもの昔話が伝わっています。その中で不動明王に関する話を紹介します。
不動明王は青い身体に炎を背負い、手に剣と縄を持つ恐ろしい顔をした姿をしています。一般に仏さまはすっとした優しそうな姿を思い浮かべますが、不動明王はどう見ても怒っています。これが「仏さまである」と言われても信じる人は少なかったことでしょう。
しかし、お大師さまは中国へ留学するときに船の舳先に不動明王をまつり祈りました。嵐に遭ったとき不動明王の剣で波を切り裂き船道を作ったと伝わっています。そのときの不動明王は波切り不動(なみきりふどう)と呼ばれ、現在でも高野山に現存しています。日本各地に波切り不動の写しとされる仏像をまつるお寺もあります。
お大師さまが中国へ渡る航海途中には、もうひとつ不動明王にまつわる話があります。
当時の航海技術は未熟なものでした。4隻の船団で中国大陸を目指しますが、到着するのはわずか2隻でした。生きて中国に渡ることができる確率は50%しかなかったのです。お大師さまの乗った船も中国大陸を目指す途中で嵐に遭い、帆が折れ櫂を失い大海原を漂流するしかありませんでした。あるとき、ついに船底から浸水が始まりました。「もう、ここまでか」と観念したとき、浸水がピタリと止まりました。
無事に中国大陸に接岸することができたとき、船底を見るとアワビが船底にあいた穴を塞いでいるではありませんか。お大師さまがアワビの貝を取ってみると、そこには不動明王の姿が見えたといいます。
不動明王は困ったときに助けてくださる仏さまです。コロナ禍で不自由な生活を強いられていますが、お不動さまを熱心に信仰しておられる方にはきっとお不動さまの御利益が得られることでしょう。