いのちを学ぶ

いのちを学ぶ
 
インスタ映えスポットとしてCUEテレビにて觀音寺のイチョウを紹介してくださいました。
 
私もインタビューに応じ、イチョウに関するエピソードを話しました。残念ながら番組ではカットされた「いのちを学ぶ」を紹介します。
 
今では七十歳を迎える方の少年時代はお寺の境内が遊び場でした。イチョウの木に登る競争をして楽しんでいたようです。
 
なかなか登れない子、途中まで登ったら怖くなっておりられない子、スルスルと上まで登っていく子など運動能力に応じて楽しんでいました。
 
スルスルと上まで登っていく子は、高いところに鳥の巣を見つけることがありました。巣をのぞくと卵があったので持っておりました。はじめは珍しがっていましたが、しばらくすると「この卵、どうする?」という話になりました。
 
鳥の卵なので食べるわけにもいかず、かといってそのまま置いておけば猫に食べられてしまいます。相談の結果、鳥の巣へそっと戻しておいてやろうということになりました。
 
翌日から鳥の巣に戻した卵がどうなっているか見に行くことが日課になりました。
「今日は3つあったぞ」
「今日は親鳥がいて、威嚇されたからそっとおりてきた」
「1つ卵からかえって雛がいたぞ」
などなど
 
ところがある日、卵は殻だけになっていました。きっとカラスに食べられてしまったのでしょう。鳥の巣を見に行った子は、卵はカラスに食べられてしまったことを友だちに報告しました。
 
みんなで雛になることなくカラスに食べられてしまった卵の命を悲しみました。弱肉強食であることは知っていても、目の当たりにするとショックなものです。子どもたちは誰からともなく「命って大事だよな」という話になりました。
 
遊びの中で命の大切さを学んでいった時代がありました。命の尊さが心に染みます。
 
空海も「命はいつ始まって、いつ終わったのか誰も知らない」と説きました。命の限りが分からないからこそ、今を精一杯生きたいものです。