お坊さん便がけしからん!と談話を発表

前回は、2016/5/25にAmazonの新サービス「お坊さん便について」を書きました。https://houwa-kanonji.com/blog/amazon%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%9D%8A%E3%81%95%E3%82%93%E4%BE%BF%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%AA%E3%81%9C%E3%81%91%E3%81%97%E3%81%8B%E3%82%89%E3%82%93%E3%81%AE%E3%81%8B/

Amazonの新サービス「お坊さん便」について賛否両論があります。
全日本仏教会は理事長名で談話を発表しています。http://www.jbf.ne.jp/news/newsrelease/1600.html

談話の要旨は、「お布施はサービスの対価ではない」と言うことです。なぜなら、布施は修行のひとつであり、見返りを求めないものだからです。

お布施はサービスの対価ではないとした談話に違和感を感じる方もおられることでしょう。
そもそも、布施とは何でしょうか。

今から2500年前、お釈迦さまが悟りを開き人々に説法をするため遊説していたときのことです。
お釈迦さまの教えを聞き、自分も出家して修行したいという人が現れ始めました。出家者に対してお釈迦さまは、「すべてを捨てて出てきなさい」と言いました。修行者が持っていてもいい物は4つしかありませんでした。ひとつめは白衣です。いわゆる下着です。ふたつめは衣(ころも)です。つまり、服です。3つめは袈裟(けさ)です。4つめは托鉢用のお椀です。修行者の食べ物は、すべて町の人々の施しによってまかなわれました。
修行者たちは、衣がボロボロになってもそのままの姿で托鉢をし、修行に励みました。町の人たちは、修行者が身繕いをすることなく生活している様子を見て、せめて何か役に立つものはないかと探しました。その結果、衣がほつれたところを縫うために、当て布として布きれを差し上げました。

つまり、修行者に”布を施した”ので、布施なのです。

町の人は、修行者に何かを求めていたのでしょうか。救いを求めていたのでしょうか。きっと見返りを求めずに布を施していたことでしょう。
現在でも、僧侶の袈裟は小さな布を縫い合わせて作られています。布施の心を忘れないようにという想いを込めて、僧侶の自戒を込めて袈裟を身につけているのです。