人生の残り時間が少ないことを知ったとき、どのように過ごしたいですか?
私の書籍『一日一善』より「鮎が食べたいねえ」を紹介します。
九十才になる「はなさん」の例を紹介しましょう。
はなさんは膵臓がんと診断され、あと一ヶ月の命だと医師から告げられました。はなさんは入院はイヤだと断り自宅で過ごしました。はなさんは在宅医療でがんの痛みを取る鎮痛剤を使いながら過ごしました。はなさんは、ガンによる痛みのコントロールができると、体調の良い日には健康なときと同じように生活できました。はなさんは、孫やひ孫に囲まれて日増しに元気になっていきました。
体調の良いある日、はなさんは美容院に行って髪をふじ色に染めました。次に向かった先は写真館でした。はなさんは、「いつどうなるか分からないから」と遺影のために小首をかしげて写真に収まりました。
写真を撮って数日後、はなさんは「鮎が食べたいねぇ」と言って、夕食にお嫁さんに鮎の塩焼きをおいしそうに食べました。食後は大好きな歴史小説を読みながら、
「明日も朝が早いから、もう寝たら。」
と、はなさんが身の回りの世話をしているお嫁さんに声を掛けたのが、最後の言葉となりました。
はなさんは、夕食に鮎を食べた翌日、往診した医師の問いかけに応じることなく眠り続けました。
往診した医師ははなさんの孫たちを枕元に呼んで、
「おばあちゃんは天国へ行くの。耳は聞こえるからそばで大きな声で話しかけて」
と言いました。
孫たちは、大きな声で、「おばあちゃん、ありがとう」
はなさんへの「ありがとう」と「さよなら」が一つになった瞬間でした。はなさんは、「花のように死にたい」と言っていました。その言葉通りに、通夜の席で孫たちの声が響きました。
薬剤師倫理でも説かれている「より良く生きる」とは、医療の手立てがなくなった後も希望を持って生きていくことだと思うのです。
つづく