新刊『人を想うこころ』ちょい読み 五七日の御本尊 地蔵菩薩

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

五七日の御本尊 ~地蔵菩薩(じぞうぼさつ)~

故人は五回目の七日(三十五日忌(さんじゅうごにちき))に地蔵菩薩(じぞうぼさつ)と出会います。

地蔵菩薩

地蔵菩薩は「お地蔵さん」として親しまれ、あなたにとっても身近な仏さまでしょう。

 地蔵菩薩は、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手に宝珠(ほうしゅ)を持っています。錫杖は苦しむ私たちのもとへ足を運んでくださることを示し、左手の宝珠はあなたの願いをかなえることを表しています。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 分かっちゃいるけど、できないこと

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

分かっちゃいるけど、できないこと

故人は三七日忌(みなぬかき)で仏教の教えを凝縮した経典(きょうてん)を学んだ故人は、四七日忌(よなぬかき)で普賢菩薩(ふげんぼさつ)に導かれ、教えを実践することの意義を教わります。

 

故人に限らず、私たちも「分かっちゃいるけど、できないこと」があります。

例えば、交通ルールはどうでしょうか。
赤信号は止まれ、青信号は進めです。では黄色信号になったとき、どうしますか?

徳島県は交通マナーが悪いことで全国的にも有名です。残念なことですが。
徳島県では、交通ルールに「阿波ルール」があります。これが交通マナーが悪いと言われる諸悪の根源です。

信号機

阿波ルールでは、黄色信号になれば、どうするでしょうか。
正解は「赤信号にならないうちに早く行け!」です。危なっかしいこと限りなしですね。

道路交通法では、「黄色信号になれば気をつけて止まれ」です。
黄色信号では止まらなくてはいけないのです。間違ってもアクセルを踏んではいけないのです。

徳島県の人は、「黄色信号で止まるのは、分かっちゃいるけど止まれない」のです。

 

四七日の御本尊である普賢菩薩は、「分かっちゃいるけど、できない」ことを戒めておられます。
知識を持っているだけでは宝の持ち腐れです。実践して初めて身につくのです。

普賢菩薩にあやかって、何事も実践してみたいものです。

 

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 成仏できますよ

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

成仏できますよ

佐藤さんの質問に私が回答しました。

私は言葉を選びながら答えました。
「この世で生きている時は、肉体があります。それ故に、足が痛い、腰が痛い、内臓の病気だ、と気が休まりません。

しかし、亡くなったら肉体はこの世に置いていきます。肉体を離れて『たましい』だけとなって旅立っていきます。たましいには肉体がありません。

生前に故人の足が痛くても、腰が痛くても、内臓の病気があっても、関係ありません。故人はこの世で培った『想い』だけを持って旅立っていきます。ですから、お父さまが生前に足が悪かったとしても大丈夫ですよ。成仏(じょうぶつ)なさっているはずです」

質問した佐藤さんは、ほっと頬が緩んで、安心した顔をされました。佐藤さんは、ずっと気がかりで歩くことができないお父さまのことを心配しておられたようです。

佐藤さんは、お父さんが歩くことができずに成仏できないのなら、自分がお父さまを助けに行かなくてはいけないのではないかと思うこともあったようです。

介護が血のつながった親に対して孝行できる最後のチャンスであると知っていても、実践することは難しいものです。佐藤さんは介護という仏さまの仕事、菩薩行(ぼさつぎょう)をされたのです。

普賢菩薩

故人は、普賢菩薩(ふげんぼさつ)に導かれ、佐藤さんの菩薩行にもう一度感謝して手を合わせておられることでしょう。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 足が悪くても成仏できるのですか?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

足が悪くても成仏できるのですか

私はお盆の時期によく質問を受けます。私は、佐藤さんから「亡くなったお父さんは足が悪かったけれど、お父さんはちゃんと成仏できただろうか」という質問を受けました。

佐藤さんのお父さまが亡くなったのは三年前でした。佐藤さんは看護師の職能を生かしてお父さまを自宅で介護し、最期を看(み)取(と)りました。お父さまの介護だけが生き甲(が)斐(い)だった佐藤さんも六十歳です。夫に先立たれ、子どもはいません。

生前、佐藤さんのお父さまは足が悪く、歩くことができませんでした。しかし、佐藤さんの献身的な介護のおかげで、お父さまは日常の生活にほとんど困ることはありませんでした。佐藤さんの心配事はお父さまが亡くなってからのことでした。

「亡くなったら死出(しいで)の旅に出るって言うでしょ。それも一人旅。足が悪いお父さんは、歩けないから、死出の旅に出たくても行けないのではないかと思うと心配で」

故人のご遺体を納棺(のうかん)する時に、旅支度として白い着物や足袋(たび)、六文銭やおにぎりなどなどを一緒に入れます。

納棺

死出の旅は歩いて行くものです。自動車やバスなどの乗り物はありません。歩けない人は、ずっと歩けないままに、この世で迷ってしまうのではないかと佐藤さんは心配されたようです。

私の回答は次回へ

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 四七日の御本尊 普賢菩薩

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

四七日忌の御本尊 ~普賢菩薩(ふげんぼさつ)~

四七日忌(よなぬかき)に導いてくださる仏さまは普賢菩薩(ふげんぼさつ)です。

三七日忌(みなぬかき)の文殊菩薩(もんじゅぼさつ)と同様、あなたにとってあまり聞き慣れない仏さまの名前ではないでしょうか。
三七日忌で仏教の教えを凝縮した経典(きょうてん)を学んだ故人は、四七日忌で普賢菩薩に導かれ、教えを実践することの意義を教わります。

普賢菩薩

信号に例えてみましょう。

車を運転しているとき、黄色信号になればどうしますか?
ブレーキを踏んで止まる人、赤信号にならないうちに交差点を走り抜ける人、いろいろな方がいます。

道路交通法という法律では、黄色信号は「気をつけて止まれ」です。
もう少しで赤信号になるから早く行け!ではありません。

黄色信号で車は止まらなくてはいけないと知っていても、止まらなくては意味がありません。
三七日の御本尊であった文殊菩薩(もんじゅぼさつ)に仏教の知恵を授かったとしても、実践できなければ意味がないと四七日の御本尊である普賢菩薩(ふげんぼさつ)が教えてくださるのです。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 供養の心

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

故人を忘れないことが供養の心

 

お祖母ちゃんの遺影

さて、私が文殊菩薩(もんじゅぼさつ)の話をご遺族にすると、
「亡くなったお母さんも、お経の勉強をしているのかしらね。お母さんは生前あまり勉強しなかったから、困っているのではないのかしら。急に勉強しろと言われても、できないものね」

そしてご遺族は、懐かしそうに亡くなったお母さんの遺影(いえい)を見つめながら言いました。

 

「私があたふたと霊供膳(りょうぐぜん)やお菓子、果物を供えていると『まだできないの?』とせっかちな母に言われている気がする」、「私が家の電気を消して帰るときは、母が一人になるから寂しそうに見える」

 

故人は九十歳を超えての大往生(だいおうじょう)でしたが、子どもにとって親はいつまでも元気にいてほしいものです。ふとしたことから、亡き親を思い出すことを偲(しの)ぶというのですね。

いつまでも故人のことを偲(しの)んで、交わした会話や口ぐせなどを語り合いたいものです。
「故人を忘れないこと」が供養の心なのです。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 三七日の御本尊 文殊菩薩

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊されました。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

三七日の御本尊 ~文殊菩薩~

故人は、仏さまからいろいろなことを学びながら旅を続けていきます。

故人が三七日忌(みなぬかき)に導いてくださる仏さまは文殊菩薩(もんじゅぼさつ)です。

文殊菩薩

観音さん(観世音菩薩)やお地蔵さん(地蔵菩薩)、阿弥陀さん(阿弥陀如来)、お薬師さん(薬師如来)ぐらいは聞き覚えのある仏さまの名前だと思います。しかし、文殊菩薩はあなたにとって、あまり聞き慣れない仏さまの名前ではないでしょうか。

ことわざに、「三人寄らば文殊(もんじゅ)の知恵」とあります。この「文殊(もんじゅ)」の語源になった仏さまが文殊菩薩です。文殊(もんじゅ)の知恵というぐらいですから、文殊菩薩は知恵を司(つかさど)る仏さまです。

文殊菩薩の姿を描くとき、左手に持った蓮花(れんげ)の上に経典(きょうてん)を載せます。つまり、文殊菩薩は経典を司る仏さまなのです。

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 秘密の印をこっそり教えます

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

釈迦如来の秘密の印をこっそり教えます

釈迦如来(しゃかにょらい)が結んでいる秘密の印について、ちょっぴり紹介します。

釈迦如来

 

釈迦如来は、右手をあげて手のひらをこちらに向けています。これは施無畏(せむい)の印(いん)といいます。

施無畏(せむい)とは、あなたを怖(おそ)れや煩(わずら)いのない平安な状態にするという意味です。

 

釈迦如来の左手はへそのあたりで手のひらを上に向けています。

これは与願(よがん)の印(いん)といいます。

与願(よがん)とは、仏さまがあなたの願いを聞き届け、希望を与えてくださるという意味です。

 

つまり、釈迦如来は施無畏の印で

「なにも怖れることはない。煩いのない平安な状態になることができる。あなたの願いを聞き遂げるので、希望を持ちなさい」

と、言っておられるのです。

 

新刊『人を想うこころ』ちょい読み 二七日の御本尊 釈迦如来

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

発刊に先立って本書の一部を先読みしてもらえるようブログで公開いたします。
なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

二七日の御本尊 ~釈迦如来~

死出の旅に出た故人は、不動明王に守られた七日間を終え、仏教の開祖(かいそ)である釈迦如来(しゃかにょらい)のもとへ入門願いに行きます。

そして、故人は釈迦如来に「私はこの道を歩いて行っていいのでしょうか」と聞きます。

釈迦如来

 釈迦如来は故人に「よく来ましたね。何も畏(おそ)れなくて良いのです。悟(さと)りを目指すあなたの願いは必ず成就(じょうじゅ)するでしょう」と優しく諭(さと)してくださるのです。

新刊ちょい読み 空海が初めて日本に持ち込んだ仏さまとは?

新刊『人を想うこころ』~人生で大切な恩と供養の話~ が平成29年10月1日に発刊予定です。

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なぜ、供養をしなくてはいけないのか。
なぜ、恩が大切なのか。
本書で気づいてもらえるとうれしいです。


 

空海が初めて日本に持ち込んだ仏さま ~不動明王~

空海は、密教を授かるために遣唐船で中国に渡りました。

当時の航海技術は未熟なもので、文字どおり風任せ、波任せでした。中国へ向かうため日本を出発した遣唐船は4隻の船団を組んで出港しました。

しかし、中国へたどり着いたのは空海を乗せた船と最澄を乗せた船だけでした。残りの2隻は行方知れずとなってしまいました。

空海が中国から日本に帰るとき、船縁に不動明王を安置しました。鬼のような形相をしている不動明王を見て、船員たちは仏さまであると言われても信用しなかったことでしょう。

やがて波が荒れ始め、空海を乗せた船は木の葉のように波間を舞い始めました。空海は一心に不動明王の祈ったところ、不動明王が持つ刀で波頭を切り裂き、船を安全に日本まで導いたと言われています。

波切り不動尊

高野山にまつられている波切り不動尊(なみきりふどうそん)は、空海が中国から日本への帰路において船縁に不動明王を安置した仏さまです。